褒めて育てる育児

褒めて育てる育児

「褒めて育てる育児」とは、欧米から入ってきた育児・教育方で、日本では90年代に紹介され「体罰がある教育」を受けていた親世代がその反動から支持したのだとか。

今の30代前半以降の人たちは、褒めて育てることが素晴らしい!といった環境で育った人が多いと思います。

褒めて育てる育児って難しい

褒めて育てる育児について私が思うのは、『言うは易く行うは難し』です。

褒めるのって、叱るのと同じくらい難しいことだと思うのです。

もちろん、テキトーに何でもかんでも褒めていいなら、頭使わずテキトーに口だけ動かせば出来るわけですが、

相手を良き方向に育てるための褒め方って、しっかり相手を見て、相手の良いところも悪いところも、相手が受け止められるように伝えること。相応の技術と努力が必要な方法だと考えるからです。

叱る育児教育はダメだから、褒める育児教育へ!っていう、極端な考えは違うんじゃないかなーと。

褒めて育てる育児の問題点

しっかり相手を観察し、相手のために褒めるのであれば、褒めて育てる育児もプラスに進むはずです。

しかし、技術と努力が必要なため、すべての保護者が出来ているわけじゃないように思います。

もしも褒めて育てる育児が上手いかなかった場合、下記の4つが出てくるはずです。

褒められて当たり前⇒褒められないとやる気が出ない

最近の若い社会人に、この手の人が増えたと聞きます。

ゆとり教育(学校側)の問題だと言われることが多いですが、褒めて育てる育児(家庭教育)の問題点だと私は考えます。

幼稚園や小学校に入る前から褒められるのが当たり前という感覚の子供に対して、幼稚園や小学校の先生が厳しく指導するの大変なはず。

今ではビジネス系でもよく見かける「上司は新入社員を褒めて育てよう」のような記事。

「今の若者は褒められないとすぐに辞めてしまうから、褒めて育てるのが上司の仕事」とかありますよね。同じことがこの30年間、教育界を悩ませていた訳です。

本当に良いところ”だけ”褒めていたら、ここまで褒められないとやる気が出ない人が社会問題になることもなかったはず。

もちろん学校も職場も、改善すべき点はある訳ですけどね。

良くも悪くも根拠のない自信を持つ

根拠のない自信を持つことは、決して悪いことではありません。

人類は確証のない旅を続け、いまの繁栄を築き上げたのですからね。根拠なんてなくても行動するためには、根拠のない自信は不可欠。

ただし、根拠のない自信が良い方向に向くためには、『チャレンジ精神』が必須。

「大丈夫、自分はできる」な~んて言って何も行動せずに一生終わるとすれば、それは悪い意味での根拠のない自信です。

褒められるために確実に出来ることしか手を出さない⇒チャレンジしなくなる

残念ながら「大丈夫、自分はできる!」と言いつつ、難しそうな問題からは逃げチャレンジしない人っているんですよね~。

これは叱られてばかりで育った人にも、褒められてばかりで育った人にも、両方に見受けられます。

それは、叱られるのが怖いから、褒められないのが怖いから。

正反対の育て方でも同じ状態に陥るのは、皮肉ですね。

叱られるのに慣れてない⇒豆腐メンタル

褒められてばかりで叱られるのに慣れていないと、ちょっとした圧力ですぐに精神が傷ついてしまう。

いわゆる豆腐のような脆いメンタルのままで大人になってしまいがち。

・悪いことは悪いと叱られたり、

・頑張ったけど1番になれなかった辛さを味わったり、

・何かしらプレッシャーをかけられたり、

親が守ってあげられる小さなうちから上記のような体験を与えられずに育ったら、そりゃあ豆腐メンタルになりますよね。

そんなメンタルで大人になり、厳しい社会に放り出されるのは、一種のネグレストなのでは?と思うのは私だけでしょうか。

打たれ強さを身につける

褒めて育てるのであれば、チャレンジや失敗も同時に経験させると良いんじゃないでしょうか。

長い人生において、誰でも必ず失敗します。どうせ失敗するなら早いうちが一番。子どもからチャレンジ精神と失敗の経験を奪ってはいけません。

失敗をして、そこから立ち直ったとき初めて、人は「自分でもできた!」と心に強く自己肯定感を刻むことができるのです。

本当の意味での自尊心を持ち、褒められなくても物事をやり抜く精神的に強い大人に育てるためにも、保護者は自分の子育て方の良い面悪い面を、理解する必要があるんじゃないかなーと思います。

最後に

私も子育て中ですが、完璧な親ではないので、こんな記事書くのは恥ずかしいのですが、

手相師として相談者さまから育成歴をお聞きしている中で、感じることがあったので書いちゃいました。

言うは易く行うは難し、です。

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